ドガ展に関する自身のつぶやきまとめ。
・今日はドガ展見にみなとみらい行ってきた。
・ドガのフルネームが【イレール・ジェルマン・エドガー・ド・ガス】っていうのがいっちゃんおでれーたぞ。
・『エドモンド・モルビッリ夫妻』は3ヵ月くらい前にボストン美術館展でも見た気がするのは気のせいか。
・ドガが描く肖像画のモデルは黒い服か白い肌だった。印象派は【一瞬の光】をとらえると言われるが、ドガは【一瞬の動き】をとらえる、そのため印象派の画家の中では唯一と言っていいアトリエ画家である。
・そのため、彼が描く対象も描き方も印象派の中では一風変わっている。ブルジョワ的なモチーフが多く、対象の輪郭を意図的に描く。また黒を多用する。
・所謂、一般的な印象派のような陽光溢れる風景画というのはほとんどない。また浮世絵の影響が見られる作品も多いが、ゴッホやモネのように単純に浮世絵的対象をキャンバス内に描くのではなく、構図や視点などの技法的な影響が大きい。
・モリゾの姉の肖像画があった。まぁ妹の方が可愛い。
・印象派には珍しく綺麗な一転透視図法を用いた作品も存在するが、そのような作品は空気遠近法を併用した作品が多い。
・今回の展覧会のイチオシ作品はやはり、パンフ、ポスターやチケットにも使われている【エトワール】だろう。他の作品とは離れた専用空間に一点だけ展示されていた。配色も構図も背景の描き方もドガらしさが如実に出た名作である。あ、そういえば、アブサンは無かったな。
総括
ドガは若い頃ルーブル美術館に入り浸り、模写を凡そ500枚も繰り返した。
その精度は素晴らしく、「印象派」画家でも綺麗な遠近法で描く技術も当然だが素晴らしい。
やはり基本なのだ。大事なのは基本なのだ。正統、正論ができて(知っていて)、その後に独自の思考、独自の技術が生まれてくるのだと考えさせられた。
また晩年は視力の低下により、色彩への精度が落ちたためか、彫刻に傾倒するようになった。その芸術家としての飽くなき探究心というか継続の力にちょっと感動した。
個人的に一番の心震えた作品に関するエピソードが、こちら
Edgar Degas.【Portrait of Monsieur and Madame Edouard Manet】. c.1868-69. Oil on canvas. Municipal Museum of Art, Kitakyushu, Japan.
この絵は、ベッドに横たわるマネとマネ婦人がピアノを弾いてある絵だった。「だった」というのは、この絵はなんと右端をマネによって切断されてしまったのだ。その理由はマネがその描かれた婦人の出来が気に食わなかったからというもの。
その頃のエピソードが、こちらのサイトで紹介されていた。
マネはその夫人が美人である事を自慢にしていた。夫人がピアノを弾くのをドガ達は聴きに行った。むしろマネに会うよりその美しい奥さんに会うのを楽しみにしていたようだ。マネはドガ達が親しげに話すのを快く思わなかった。ドガが美人の奥さんとマネを描いた絵を贈ったらマネは奥さんの顔の方を切ってしまった。そんな勿体ないマネしないで欲しい。83才で死んだドガは余りマネーは無かったとか。
ウォルトの話
いつものバーで隣にいたおっちゃんが誕生日だった。
しかもそのおっちゃんはアメリカ人で、さらに還暦だ。そんな記念すべき日の終りに隣にいるのがこんな冴えない男でいいのか疑問だが、いてしまったもんはしょうが無いのでその晩はおっちゃんと話し込むことになった。
おっちゃんのスペックを紹介すると、
1950年の9月某日生まれ。(外国人証明書みたいなもので確認済み。)ワシントンDC出身。ここ10年はアメリカに帰っておらず、現在は中井に住んでいる。(聞いたところ僕の家から徒歩3分くらい)イチローを神とあがめ、ウイスキーの水割りを好む。家族はアメリカに住んでいて、日本には来ないらしい。
とりあえず、二人でかなり盛り上がって、僕も気づいた時には全部で10杯近く飲んでいた。最後の方は彼も酔っていて「今日はすごく楽しい、楽しいよ」って連発してた。それを言われると僕もすごく嬉しかった。やはりこういう出会いがあるから、一人飲みは辞められないのだなぁ。
しかもそのおっちゃんはアメリカ人で、さらに還暦だ。そんな記念すべき日の終りに隣にいるのがこんな冴えない男でいいのか疑問だが、いてしまったもんはしょうが無いのでその晩はおっちゃんと話し込むことになった。
おっちゃんのスペックを紹介すると、
1950年の9月某日生まれ。(外国人証明書みたいなもので確認済み。)ワシントンDC出身。ここ10年はアメリカに帰っておらず、現在は中井に住んでいる。(聞いたところ僕の家から徒歩3分くらい)イチローを神とあがめ、ウイスキーの水割りを好む。家族はアメリカに住んでいて、日本には来ないらしい。
とりあえず、二人でかなり盛り上がって、僕も気づいた時には全部で10杯近く飲んでいた。最後の方は彼も酔っていて「今日はすごく楽しい、楽しいよ」って連発してた。それを言われると僕もすごく嬉しかった。やはりこういう出会いがあるから、一人飲みは辞められないのだなぁ。
number0のライブに行ってきた。
「昨日はKyteのライブ@恵比寿Liquid Roomに行って来た。」
当前、KyteのJapan tourなので、「Kyteのライブに行って来た」という表現が昨夜Liquid Roomで溢れ出る音に身を預けた凡そ1000人の人間たちには一般的なのだろうけど、個人的フォーカスはオープニングアクトであるものの、「number0がLiquidで演奏する」というものを観て、聴いて、魅せられるため、だったので、素直にこの投稿のタイトルは「number0のライブに行ってきた」とすることにした。
まずはKyte。ステージ後方から前方に向かう逆光の黄緑がかった照明の中に浮かび上がるメンバー達を、最後列に立つ僕は人と人の頭の隙間、隙間から目視する。
シンセ&ギター、ベース、ドラムの肉体派に囲まれるヒョロッしたボーカルのニックから出てくる乾いた中にも力のあるボーカルが(髪をクシャクシャするのが)魅力的。CDでしか聴いたことの無かった音楽がリアルで聞ける喜びはあるものの「ライブ感」という意味では、もう少し野性的な感覚が欲しかった気もした。演奏は全体的に綺麗にまとまっていた印象を受ける。それはきっと僕が彼らの演奏を生で聴くのが初めてだったのも少なくない影響を受けている気もするので、次回また来日することがあればきっと違った印象で満たしてくれるような気がする。
で、number0。
Set Listは、
1:Cyclorama
2:Etoile
3:RoundRound
4:Quine
5:In the womb
だったかな。なんか一個足りない気もするが、それはまぁわかり次第訂正することにしよう。
僕は友人達と前から5列目?くらい若干右寄。会場はほぼ満員と言っていいだろう。ステージ上にサンプリングパッドが置かれているので、とnumber0ファンの人なら「まさかあの曲をやるのか」という期待を持ったことだろう。
Kyteのオープニングアクトという前代未聞の重責を負い、且つ、過去最大規模の箱でしかもどことなくアウェイの雰囲気の中ステージ上手から登場。東京でのnumber0のライブに行けば、今までは知っている顔をチラホラ見かけ、ライブの度に知り合いが増えたりするのが常だった。ライブ会場という場所には似つかわしくない「憩いの場」的な役割を担っていたのかもしれない。だが今回は違った。おそらくnumber0を知らない人が多数派で、シガーさんのMCに茶々を入れる空気なんてさらさら無い。そんな会場で彼らがどんなパフォーマンスを披露してくれるのか、どこか初めて子供の学芸会を見守る親の緊張感(そんな経験は無いけど、おそらく。)にも似たような心持ちで19時、開演を迎えた。
いつものようにプロジェクターからの映像をステージに当てるという演出だったが、バックを含めステージが全体的に黒だったので、効果はいつもに比べ今ひとつ。メンバー全員が白装束で演奏すれば少しは変わったかもしれない。
演奏は出だし少しフワっとした印象を受ける。シガーさんの声が震える。緊張感が否が応に伝わってくる。流れるように3曲。お客さんの大きな拍手が聞こえる。Quineの大好きなアルペジオの旋律。藤井のスティックが上下左右に流れて、小林さんの右手がair synthの上で上下し、ソーキくんの首が左右に動く。RoundRoundが始まる。鳥肌が立った。少し泣きそうにもなった。曲はInthewombに入った。今ではお馴染みの最後の曲だ。重低音だが優しい出だし。藤井のスティックが変わり、中盤以降からドラムのピッチが上がり、それぞれの音圧が増して行き、ピークが過ぎ、音は収縮し、元ある所に帰っていく。大きな拍があり、あっという間に30分が終わった。脱力した。
演奏後、一旦メインフロアを離れてタバコを吸いに行く。そうしないといけなかった。このままの流れでKyteを聴くには、僕も、おそらく僕の横にいた知人の2人も余りに疲れていた。そしてその30分間を振り返るにも、たいして覚えていなかった。あっという間の30分だった。演奏終了直後、真後ろのお客さんが、
「オープニングアクトどうだった?」
「結構良かったんじゃない?というか日本人だったんだな」
という話をしていたのがすごく記憶に残っている。
演奏後に昔のRalleyに入る前からのnumber0をよく知る友人と話していて「昔はさ、お客さんが10人くらいの頃もあった」という話をして、それから「小林さんがギターを弾いていた」「藤井はボウズだった」なんて話まで出た。
今日は大阪でのツアー二つめの演奏が待っているらしい。きっと東京以上のアウェイだろうけど、そんな会場がnumber0には合うのかもしれない、そんなことを初めて思ったライブだった。
当前、KyteのJapan tourなので、「Kyteのライブに行って来た」という表現が昨夜Liquid Roomで溢れ出る音に身を預けた凡そ1000人の人間たちには一般的なのだろうけど、個人的フォーカスはオープニングアクトであるものの、「number0がLiquidで演奏する」というものを観て、聴いて、魅せられるため、だったので、素直にこの投稿のタイトルは「number0のライブに行ってきた」とすることにした。
まずはKyte。ステージ後方から前方に向かう逆光の黄緑がかった照明の中に浮かび上がるメンバー達を、最後列に立つ僕は人と人の頭の隙間、隙間から目視する。
シンセ&ギター、ベース、ドラムの肉体派に囲まれるヒョロッしたボーカルのニックから出てくる乾いた中にも力のあるボーカルが
で、number0。
Set Listは、
1:Cyclorama
2:Etoile
3:RoundRound
4:Quine
5:In the womb
だったかな。なんか一個足りない気もするが、それはまぁわかり次第訂正することにしよう。
僕は友人達と前から5列目?くらい若干右寄。会場はほぼ満員と言っていいだろう。ステージ上にサンプリングパッドが置かれているので、とnumber0ファンの人なら「まさかあの曲をやるのか」という期待を持ったことだろう。
Kyteのオープニングアクトという前代未聞の重責を負い、且つ、過去最大規模の箱でしかもどことなくアウェイの雰囲気の中ステージ上手から登場。東京でのnumber0のライブに行けば、今までは知っている顔をチラホラ見かけ、ライブの度に知り合いが増えたりするのが常だった。ライブ会場という場所には似つかわしくない「憩いの場」的な役割を担っていたのかもしれない。だが今回は違った。おそらくnumber0を知らない人が多数派で、シガーさんのMCに茶々を入れる空気なんてさらさら無い。そんな会場で彼らがどんなパフォーマンスを披露してくれるのか、どこか初めて子供の学芸会を見守る親の緊張感(そんな経験は無いけど、おそらく。)にも似たような心持ちで19時、開演を迎えた。
いつものようにプロジェクターからの映像をステージに当てるという演出だったが、バックを含めステージが全体的に黒だったので、効果はいつもに比べ今ひとつ。メンバー全員が白装束で演奏すれば少しは変わったかもしれない。
演奏は出だし少しフワっとした印象を受ける。シガーさんの声が震える。緊張感が否が応に伝わってくる。流れるように3曲。お客さんの大きな拍手が聞こえる。Quineの大好きなアルペジオの旋律。藤井のスティックが上下左右に流れて、小林さんの右手がair synthの上で上下し、ソーキくんの首が左右に動く。RoundRoundが始まる。鳥肌が立った。少し泣きそうにもなった。曲はInthewombに入った。今ではお馴染みの最後の曲だ。重低音だが優しい出だし。藤井のスティックが変わり、中盤以降からドラムのピッチが上がり、それぞれの音圧が増して行き、ピークが過ぎ、音は収縮し、元ある所に帰っていく。大きな拍があり、あっという間に30分が終わった。脱力した。
演奏後、一旦メインフロアを離れてタバコを吸いに行く。そうしないといけなかった。このままの流れでKyteを聴くには、僕も、おそらく僕の横にいた知人の2人も余りに疲れていた。そしてその30分間を振り返るにも、たいして覚えていなかった。あっという間の30分だった。演奏終了直後、真後ろのお客さんが、
「オープニングアクトどうだった?」
「結構良かったんじゃない?というか日本人だったんだな」
という話をしていたのがすごく記憶に残っている。
演奏後に昔のRalleyに入る前からのnumber0をよく知る友人と話していて「昔はさ、お客さんが10人くらいの頃もあった」という話をして、それから「小林さんがギターを弾いていた」「藤井はボウズだった」なんて話まで出た。
今日は大阪でのツアー二つめの演奏が待っているらしい。きっと東京以上のアウェイだろうけど、そんな会場がnumber0には合うのかもしれない、そんなことを初めて思ったライブだった。
登録:
投稿 (Atom)